ある日、つぶあんこは通所介護事業所の生活相談員さんから担当している利用者のことで相談を受けています。
利用者の佐藤さんなんですけど、車いすで座っている時に立ち上がりが多くて、職員がつきっきりで大変なんですよ。
そうですか。なんでそんなに立ち上がりが多いんですかね?
わかりません。それで、デイサービスを利用している時は、Y字ベルトを着けてもらえたらって思うのですが。
Y字ベルトですか?それって身体拘束では?
しかし、転倒されてはこちらの責任になりますし、職員が常時つきっきりになれるわけではないので。
そうですか。。。でも。。。うーん。。。。
介護現場で「転倒」は永遠の課題です。普段から自力で歩行できる人が何かの拍子に転倒する場合や、利用者さんに自身の身体機能の過信があったり、認知症などが起因して、足の力が十分でないことを理解できずに、一人で歩行し、転倒される場合など、理由はさまざまです。
転倒が原因で骨折などの大きな怪我に発展することもあることから、介護現場にとっては、大きな懸念事項となっています。
この転倒を防ぐために、デイサービスの生活相談員さんからY字ベルトの着用を推奨されました。Y字ベルトとは、車いすからのずり落ちを防止すると効果もありますが、自ら「立ちたい」と思う利用者の行動を制限するものとして、一般的に「身体拘束」に該当するとされることが多いです。
もし、このような身体拘束を事業所から提案された場合は、居宅介護支援事業所のケアマネージャーは何をしなければならないのでしょうか?
今回はこの居宅現場における「身体拘束」について考えていきましょう。
令和6年度の改正により、居宅サービスにおいても身体拘束の記録が義務化されます。その中には我々「居宅介護支援事業所」も含まれます。運営基準については以下の通りです。
(1)利用者の生命・身体を保護するための緊急やむを得ない場合を除き、身体拘束を行ってはならない
(2)身体拘束を行う場合は、その態様、時間、利用者の心身の状況、緊急やむを得ない理由を記録しなければならない
従来においても、施設系サービス等においては身体拘束の記録等のルールがありましたが、今回の法改正で居宅サービスにおいてもやむを得ず実施する場合の記録が義務化されました。当然のことでありますが、身体拘束は原則的には禁止です。
身体拘束については、厚生労働省から「身体拘束ゼロへの手引き」というものが出されています。この手引きには、身体拘束を行う前にまず考えるべきことや、身体拘束に該当する具体的な事例、またやむを得ず身体拘束を実施することになった場合についての手続きについて記載されています。原則的には「身体拘束をゼロにしよう」という目的の元に作成されているものです。
ではちょっと内容を見ていきましょう。
身体拘束は、利用者の安全の確保のために行われてきていますが、身体拘束を行うことでのデメリットについて、まず認識をする必要があります。この「身体拘束ゼロへの手引き」では以下のように分類しています。
身体的な弊害 | 関節の拘縮、筋力の低下、外的な傷、食欲の低下、心肺機能の低下などの問題を引き起こすことがある。また、無理な立ち上がりなどによる転倒事故や窒息などの大事故を引き起こす危険性もある。 |
精神的な弊害 | 高齢者に不安や怒り、屈辱、あきらめなどの精神的苦痛を与え、人間としての尊厳を侵害することがある。また家族にも大きな精神的苦痛を与え、身体拘束を行う看護・介護スタッフの士気も低下させます。 |
社会的な弊害 | 身体拘束は実施している現場の社会的な不信や偏見を引き起こす恐れがあります。また、高齢者の心身機能の低下はQOLの低下や追加の医療的処置を必要とさせる可能性がある。 |
上記のデメリットを確認すると、身体拘束を実施することは、総合的には利用者の健康や安全を守ることとは言い難い状況があるようです。
身体的な影響だけではなく、精神的においても、また利用者を支える家族やその他支援者に対しても精神的な影響があることがわかります。
ではどのような行為がそもそも身体拘束とされるのでしょうか?
その具体的な行為の例を「身体拘束ゼロへの手引き」以下のように示しています。今回の「つぶあんこ」の例におけるY字ベルトをつけることも身体拘束の一つとして挙げられています。
- 徘徊しないように、車いすやいす、ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る。
- 転落しないように、ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る。
- 自分で降りられないように、ベッドを棚(サイドレール)で囲む。
- 点滴、経管栄養等のチューブを抜かないように、四肢をひも等で縛る。
- 点滴、経管栄養等のチューブを抜かないように、又は皮膚をかきむしらないように、手
- 指の機能を制限するミトン型の手袋等をつける。
- 車いすやいすからずり落ちたり、立ち上がったしないように、Y字型抑制帯や腰ベルト、車いすテーブルをつける。
- 立ち上がる能力のある人の立ち上がりを妨げるようないすを使用する。
- 脱衣やおむつはずしを制限するために、介護衣(つなぎ服)を着せる。
- 他人への迷惑行為を防ぐために、ベッドなどに体幹や四肢をひも等で縛る。
- 行動を落ち着かせるために、向精神薬を過剰に服用させる。
- 自分の意思で開けることのできない居室等に隔離する。
身体拘束は原則禁止です。しかし、介護保険の基準上「緊急やむを得ない場合」には身体拘束が認められます。施設系のサービスであれば、「身体拘束防止委員会」等で検討されるべき内容ですが、居宅サービスにおいては介護支援専門員が開催する「サービス担当者会議」等で十分に検討される必要があるといえるでしょう。
また令和6年の改正に伴い、「その態様、時間、利用者の心身の状況、緊急やむを得ない理由を記録しなければならない」とされているので、アセスメント・サービス担当者会議・ケアプラン等にその内容について記載をすることが必要となります。
また、身体拘束を行う場合は、3つの要件を満たしているか、慎重に検討される必要があります。その3つの要件とは「身体拘束ゼロへの手引き」では以下のように記載されています。
・切迫性
利用者本人又は他の利用者等の生命又は身体が危険にさらされる可能性が著しく高いこと。
●「切迫性」の判断を行う場合には、身体拘束を行うことにより本人の日常生活等に与える悪影響を勘案し、それでもなお身体拘束を行うことが必要となる程度まで利用者本人等の生命又は身体が危険にさらされる可能性が高いことを、確認する必要がある。
・非代替性
非代替性身体拘束その他の行動制限を行う以外に代替する介護方法がないこと。
●「非代替性」の判断を行う場合には、いかなる場合でも、まずは身体拘束を行わずに介護するすべての方法の可能性を検討し、利用者本人等の生命又は身体を保護するという観点から他に代替手法が存在しないことを複数のスタッフで確認する必要がある。
また、拘束の方法自体も、本人の状態像等に応じて最も制限の少ない方法により行われなければならない。
・一時性
身体拘束その他の行動制限が一時的なものであること。
●「一時性」の判断を行う場合には、本人の状態像等に応じて必要とされる最も短い拘束時間を想定する必要がある。
非代替性の観点から言えば、居宅のケアマネージャーとしては、その事業所において人員不足が要因として、身体拘束をしなければならないという理由であれば、他の事業所を選択することも検討しても良いかもしれませんね。
身体拘束を実施する際は、その必要性を慎重に判断し、避けられない状況でのみ実施します。その際、拘束を受ける利用者やその家族に対して、拘束の内容、目的、理由、実施する時間や期間などを細かく説明し、十分に理解してもらうことが重要です。
また、身体拘束を行う状況が継続して「緊急かつ避けられない状況」であるかどうかを常に監視し、再評価します。もし拘束の要件が満たされなくなれば、すぐにその拘束を解除することが必要です。
平成24年、ある居宅介護支援事業所と訪問介護事業所の従業員が利用者の自宅の玄関をひもで縛り、出られないようにしました。その利用者には徘徊があってその対策で行ったというものです。
この行為により、両事業所は半年間の指定停止、つまり半年間の間、介護サービスの提供及び介護報酬の請求ができなくなり、新規利用者の受け入れができなくなるという処分を受けました。
この処分の決定要因の一つは、身体拘束に該当する行為が行われたにもかかわらず、適切な手続きが取られていなかったことです。
これは極端な例かもしれませんが、身体拘束の手続きが適切に行われなければ、このような処分を受ける可能性があることを我々も十分に理解する必要があります。
今回は令和6年度の介護保険の改正から身体拘束について1つピックアップをしてみました。身体拘束を行う前に考えるべきポイントとして、厚生労働省から示されている「身体拘束ゼロへの手引き」の中身を紹介させていただきました。
居住系サービス異なり、居宅系サービスでは今までは身体拘束についての具体的な内容が示されていませんでした。しかし、令和6年度の報酬改定により、ここが明確化されています。
利用者の生命または身体を保護するためにやむを得ない場合に身体拘束を行う時には必ず正しい手順をもって実施する必要があります。ぜひ皆様も一度「身体拘束ゼロへの手引き」を一読されてみてください。
では、今日もほどほどに頑張りましょう。ケセラセラ。